2010年01月27日

twitter上で行われた演劇教育談議まとめ

2010/01/24 夕方から26の未明にかけてtwitter上で行われていた「演劇教育談議」のまとめ。
俳優に必要な基礎技術とは何かとかそういうの。
あっちこっち飛びながらコピペしましたので、ログに偏りがあるかもしれませんが意図的なものではありません。
著作権上問題があるなら削除します。

http://twitter.com/sumu

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nkmrakn
NYKで芸大先端の卒業修了制作行ってみた。誠実な空間ができててとても良かったです。
5:33 PM Jan 23rd from UberTwitter

nkmrakn
ところで、なぜ芸大には舞台芸術学科ができないのでしょうか?国立大学が実践の場をつくるのは社会にとってとても重要と思う。
5:40 PM Jan 23rd from UberTwitter

serikurosawa
そう思われていないということでしょうね。国家が演劇をどうとらえているか、ひとつの指標になると思います。 QT @nkmrakn: ところで、なぜ芸大には舞台芸術学科ができないのでしょうか?国立大学が実践の場をつくるのは社会にとってとても重要と思う。
6:57 PM Jan 23rd from PockeTwit

serikurosawa
それでも新国立劇場演劇研修所ができたというのは、国立の演劇学校が出来たという意味で重要だと思うし、もっとみんな注目していいと思う。
6:58 PM Jan 23rd from PockeTwit

nkmrakn
しかしながら教育は現代演劇の多様性に本腰を入れるべきと思う。RT @shinorev: 同感。RT @ishiharak @serikurosawa それでも新国立劇場演劇研修所ができたというのは、国立の演劇学校が出来たという意味で重要だと思うし、もっとみんな注目していいと思う。
10:14 PM Jan 23rd from UberTwitter

shinorev
私はどちらが優先かは選べないなー両方大事。QT @nkmrakn しかしながら教育は現代演劇の多様性に本腰を入れるべきと思う。RT @shinorev @ishiharak @serikurosawa新国立劇場演劇研修所ができたのは国立の演劇学校が出来たという意味で重要(略)
10:19 PM Jan 23rd from web

ishiharak
確かに多様性は必要ですが、限られた原資の中では集中と選択は必要だと思います。一つずつ、一歩ずつですね。RT @nkmrakn しかしながら教育は現代演劇の多様性に本腰を入れるべきと思う。RT @shinorev: 同感。RT @ishiharak @serikurosawa
10:21 PM Jan 23rd from TwitBird iPhone nkmrakn宛

serikurosawa
視座を現代性と普遍性におくよりは、多様性に据えた方が生産的です。問題は演劇教育機関の多様性がないこと。さらに品質の話をするとまたややこしくなるんですが、私はこっちに問題意識があります。 QT @nkmrakn: しかしながら教育は現代演劇の多様性に本腰を入れるべきと思う。
2:07 AM Jan 24th from PockeTwit

nkmrakn
知の共有がもっと現場でなされていくような企画を開発したいし、教育現場ももっと表現の実践の場に近づいてくれれば良いなと思います。 @serikurosawa
2:20 AM Jan 24th from web

serikurosawa
私の多様性っていうのは、たとえば「北海道の研究所はスタニスラフスキー超あちいぜ」とか「北九州はクリストフマルターラーとかドイツ強いよな」とか「現代劇やるなら東京より関西で勉強した方がいい指導者いるよ」とか、まあ全部空想ですけど、なんかそんな感じです。
2:23 AM Jan 24th from PockeTwit

nkmrakn
@serikurosawa 私はそういう多様性を思い描いてなかったけど、それ良さそうですね。私的には、多様性は、現代で実践されてる演劇とかダンスの応用が学べる/実践できる教育システムをイメージしてました。
2:33 AM Jan 24th from Echofon serikurosawa宛

serikurosawa
個人的に知っている俳優指導者は、両方を意識して活動してる人が多いです。ていうかそういう人以外は指導者名乗らないでほしいし。QT @nkmrakn: 知の共有がもっと現場でなされていくような企画を開発したいし、教育現場ももっと表現の実践の場に近づいてくれれば良いなと思います。
2:39 AM Jan 24th from PockeTwit

nkmrakn
@serikurosawa 演出家や振付家の指導者はどうなんですか???
2:41 AM Jan 24th from Echofon serikurosawa宛

serikurosawa
振り付けに関しては分かりません。演出家の指導というのも日本人では専門化されてないのではないかしら。「オレのやり方はこうだよ」ってのは個人的には教育といわないと思いますし、そういう人が多い気はします。 QT @nkmrakn: 演出家や振付家の指導者はどうなんですか???
2:46 AM Jan 24th from PockeTwit

serikurosawa
少なくとも私と仲間の俳優指導者たちは、一個のやりかただけできる俳優なんて興味はなくって、もっとその先にある、まだだれも見たことも聞いたこともないモノにも挑戦できる、ようなことを心がけてます。そんなの半年一年じゃ無理だし、実はそれ以前の問題もいっぱいあるんですけれども。
2:57 AM Jan 24th from PockeTwit

serikurosawa
まあじゃあなんで俳優指導なんかやってんだよって話になりますけど、単純な話、ひとが「変わる」瞬間に立ち会うってのは、なかなか退屈しないもんですよ。ま、「変わらない」ひともいるんですけど、それはそれです。私たちは水も肥料もやりますが、芽が出て伸びるかどうかは本人次第です。
3:00 AM Jan 24th from PockeTwit

serikurosawa
俳優に絞っていえば100席までなら青年団系もいい勝負、500席越えたら新国立の修了生が仕事すると思いますよ QT @nkmrakn: わたしの興味として気になるのは、新国の養成所、日芸、桜美林よりも、青年団の俳優さん演出部のみなさんの活躍が目立つ気がしてることなのですが、
3:04 AM Jan 24th from PockeTwit

serikurosawa
演劇というジャンルがfaifaiからシェークスピアまであって、そのすべてに対応できるのが理想の俳優だろうと思うのですが、新国立の研修所はそれ目指してると思いますよー。たんにまだ小劇場への接点が少ないだけかと。 @nkmrakn
3:07 AM Jan 24th from PockeTwit nkmrakn宛

nkmrakn
@serikurosawa なるほどありがとうございます。わたしの視点が100席規模のものを対象にしてることが良く分かったきがします。でも300〜400席規模の劇場ぐらいは相手にしたいです。って独りよがりなレスポンスで恐縮です。
3:10 AM Jan 24th from Echofon

serikurosawa
おっしゃるとおりと思います。個人的に俳優という存在そのものに思い入れがあるだけっす。QT @OKO_T: カンパニーや作品を持っている人の場合は、指導や教育というより、作品を生み出すまでのデペロップメントだという認識を持っています。あとは、生み出す人の興味というか・・・・。
3:12 AM Jan 24th from PockeTwit

serikurosawa
とはいえ全部の演劇学校のシーンスタディーに、岡田さんとかfaifaiとか松井さんとか多田さんとか、入った方がいいとは思うです。たしかにその機会は少ないし、あったほうがずっといい。
3:17 AM Jan 24th from PockeTwit

nkmrakn
@serikurosawa ぜひに!たぶん、わたしは俳優さんよりも演出家や振付家の仕事が活性化されるための教育システムに興味があるということが分かりました。お目にかかれることを楽しみにしています!
3:18 AM Jan 24th from Echofon serikurosawa宛

serikurosawa
演劇大好きなもんで、夜中になにやら連投すんませーん。おつきあいいただいたみなさま、ありがとうございます。さて明日も楽しい演劇の時間ゆえ、おやすみなさい。
3:21 AM Jan 24th from PockeTwit

serikurosawa
最後に大好きな俳優指導者の言葉「芸術家を育てる指導者は、もっとも芸術家でなければならない」ローナ・マーシャル
3:26 AM Jan 24th from PockeTwit

sakuraikeisuke
うむむむ、そうなんでしょうか? 僕的にはそれ、かなり気持ち悪いのです。実際問題「不可能」だとしても、それを目指す、というのが。 @serikurosawa 演劇というジャンルがfaifaiからシェークスピアまであって、そのすべてに対応できるのが理想の俳優だろうと思うのですが、
4:24 AM Jan 24th from web

GKTJ
ツイッター上でトークショーとか誰かやんないのかな?既にやってるのか?
4:29 PM Jan 25th from TwitBird iPhone

GKTJ
公開チャットみたいなもんか、今日の何時位から話します、とか、混ざりたい人どうぞ、みたいな、ゆるい感じで、あ、公開チャットか、それ、あるか、既に。
4:32 PM Jan 25th from TwitBird iPhone

serikurosawa
俳優の根本的な能力は、現代劇も対話劇も古典劇も、変わらないと思うのです。枝葉の技術は現場で培えばいいけど、その根底をはぐくむのが演劇教育の使命かなと。 QT @sakuraikeisuke: そうなんでしょうか? 僕的にはそれ、かなり気持ち悪いのです。
6:39 PM Jan 25th from TwitterGadget

sakuraikeisuke
俳優に求められる”根本的な能力”は、faifaiもチェーホフも同じである、と? とするとその“根本的な能力”は何なのでしょう? @serikurosawa 俳優の根本的な能力は、現代劇も対話劇も古典劇も、変わらないと思うのです。(略)その根底をはぐくむのが演劇教育の使命かなと。
約23時間前 from web

sakuraikeisuke
俳優は楽器か問題。乱暴にわかりやすく言いいますと「山懸太一」は複製可能なのかどうか?ということだったりします。http://www.t3.rim.or.jp/~sakurah/kodomobody.html @serikurosawa
約23時間前 from web

sakuraikeisuke
あるいは音楽で言えば、ビル・エヴァンスは(規範・基礎として)模倣され続けるけど、セロニアス・モンクは誰もマネしない(出来ない)、とか。RT @serikurosawa
約23時間前 from web

chelfitsch
@serikurosawa @sakuraikeisuke どんなスタイルの演劇にでも汎用できる根本的な演技の能力といったものがあるはずだという考え方はわかります。でも、それがプラクティカルな考え方じゃないというのもやはり事実ではないでしょうか。
about 23 hours前 from web serikurosawa宛

shinorev
私は現代演劇が好きなんだけど、最近はダンスも好き。でもたぶん、ストレート・プレイが今も一番好き。翻訳戯曲のドストレートなやつとか。自分が求める芝居を観たいと思う。だからとにかく、より多くの俳優に演技がうまくって欲しい。そのためには俳優養成。そういう文脈。つまり好きなものへの執着。
約23時間前 from web

sakuraikeisuke
この場合、プラクティカル=実際的、という感じの理解でよいですか? @chelfitsch どんなスタイルの演劇にでも汎用できる根本的な演技の能力といったものがあるはずだという考え方はわかります。でも、それがプラクティカルな考え方じゃないというのもやはり事実ではないでしょうか。
約23時間前 from web

chelfitsch
@sakuraikeisuke はい。実際的な考え方ではないと思っています。「その人が力のある俳優さんなら、それがどんな種類の力であれ、僕の方法論も体現してくれるはずだ」という信念のもと行った約二つの仕事で、僕は挫折を味わいましたのでw。
約22時間前 from web sakuraikeisuke宛

chelfitsch
そして僕はその挫折の原因を、基本的には僕の能力のせいでも、俳優さんの能力のせいでも、さらにいえば、実は、時間が足りなかったせいですらないと思っていたりします。
約22時間前 from web

sakuraikeisuke
先走って言ってしまうと、「どんな種類の役(演劇)でもこなせる俳優」より「どんな役者でもやるとそれぞれに面白いことになる演劇(戯曲)」、なんじゃないかと思う。僕が大事に感じるのは。
約22時間前 from web

thinkhand
あるとするなら、非常に身体的なところになるように思う。きっとまだない方法論なんでは?QT @sakuraikeisuke 俳優に求められる”根本的な能力”は、faifaiもチェーホフも同じである、と? とするとその“根本的な能力”は何なのでしょう? @serikurosawa
約22時間前 from web

shinorev
キャラが面白いとか、なんかあの人目立つね、とかそういうのって、私には面白くない。演じる役であり、本人でもあり、さらに、人間ではないものに見えるような、そんな演技が好き。
約22時間前 from web

thinkhand
あるとするなら、衆目の視線の中に立つ能力か?スポーツ選手にも通じるような。QT @sakuraikeisuke 俳優に求められる”根本的な能力”は、faifaiもチェーホフも同じである、と? とするとその“根本的な能力”は何なのでしょう? @serikurosawa
約22時間前 from web

sakuraikeisuke
いや、違うな。もっと大事なのは、そう簡単にはうまいこといかない「俳優」の存在と、俳優にとってそうはイカのキンタマの手強い類いの「演劇」(劇作)だ。僕的には。
約22時間前 from web

chelfitsch
マイケルジャクソンは日舞だって凄いはずだ、という考え方はあるでしょう。そりゃそうかもしれない。でもやっぱりそれは、実際的じゃないと思います。
約22時間前 from web

shinorev
思いだせる限りで言うと、私はそういう演技を、ロシア人、ブラジル人、フランス人の芝居で観た。
約22時間前 from web

chelfitsch
しかし、マイケルジャクソンと、日舞のマスターとに、共通の凄いところを見つけ出すことは、きっと可能でしょう。
約22時間前 from web

simokitazawa
なにを演劇とするかにもよりますが例えば現場での長い共同作業なしに維新派にも青年団にもチェルフィッチュにも即応できる技術があると思いますか? 私はないと思う。@thinkhand @serikurosawa俳優の根本的な能力は、現代劇も対話劇も古典劇も、変わらないと思うのです。
約22時間前 from web

chelfitsch
でも、その「共通のすごいところ」を抽出して、普遍的なテクとしてそれを獲得する、ということは、きっと不可能でしょう。
約22時間前 from web

sakuraikeisuke
わははは!そりゃそうだw @chelfitsch マイケルジャクソンは日舞だって凄いはずだ、という考え方はあるでしょう。そりゃそうかもしれない。でもやっぱりそれは、実際的じゃないと思います。
約22時間前 from web

shinorev
いわゆるド・ストレート・プレイにおいて、関東でそういう(私が観たいと思う)演技を観られるかっていうと、今のところ、ない。自分が経験したことしか知らないから、もしかしたらどこかにあるのかもしれないけど。
約22時間前 from web

fchikara
うう、眠くて目を開けていられない。どうしてこの時間にタイムラインが賑わうのだ。でも桜井さんとしては「コドモ身体」という言葉をつくった時からの大事な話だと思うし、岡田さんも試行錯誤の末に考えてきたことがあるはずだし、世莉さんだって信念があるはずだ。
約22時間前 from TweetDeck

thinkhand
それはないでしょうね。あるとしたらあくまで基礎的なものでしょうね。 QT @simokitazawa なにを演劇とするかにもよりますが例えば現場での長い共同作業なしに(略)即応できる技術があると思いますか? 私はないと思う。 @serikurosawa
約22時間前 from web

sakuraikeisuke
それは所謂「ダンス(演技)の本質」ってやつだよね。でも、マイケルも玉三郎も自分のスタイルの追求(だけ)を通してそれを獲得に至ったわけだから。 @chelfitsch しかし、マイケルジャクソンと、日舞のマスターとに、共通の凄いところを見つけ出すことは、きっと可能でしょう。
約22時間前 from web

shinorev
ただ、新国立劇場演劇研修所の研修生および修了生については、希望を持っている。私が観たいものに近い演技が観られたから。新国立が良いと言いたいのじゃなくて、「訓練を受けた俳優」の確かさってこと。
約22時間前 from web

chelfitsch
そもそも、マイケルが日舞をやる必要も、玉三郎がブレイクダンスする必要も、ありません。山縣太一が歌舞伎をやる必要もありません。
約22時間前 from web

shinorev
彼らがどんなスタイルの芝居にも対応できるかというと、そうじゃない。いきなりチェルフィッチュの手法とかできるわけない。
約22時間前 from web

sakuraikeisuke
俺もそう思うんだよ。で、それだと何かマズいのか(俳優的には)?というのがよくわらないのです。 @chelfitsch そもそも、マイケルが日舞をやる必要も、玉三郎がブレイクダンスする必要も、ありません。山縣太一が歌舞伎をやる必要もありません。
約22時間前 from web

nkmrakn
食えないからじゃない? @sakuraikeisuke 俺もそう思うんだよ。で、それだと何かマズいのか(俳優的には)?というのがよくわらないのです。 @chelfitsch そもそも、マイケルが日舞をやる必要も、玉三郎がブレイクダンスする必要も、ありません。山縣太一が歌舞伎をやる
約22時間前 from Echofon

shinorev
でも、私が一番観たい種類の舞台(ド・ストレート・プレイ)には、彼らのような俳優が必要なんだって思うんです。
約22時間前 from web

chelfitsch
ジャンル、というのは、それに携わる人の可能性をその中に用意されている容量以内に制限してしまう、といったものではないと考えたいです。
約22時間前 from web

sakuraikeisuke
あ、もしかして「演劇業界」的には困るのか? 俳優は困ることない!
約22時間前 from web

fchikara
これはたぶん「演劇」というジャンルがそもそも存在しうるのかという問題でもあって、エクス・ポの座談会でも木村覚さんが問いかけていた。ただ、「演劇」という枠がこれまでかりそめであれ存在することで発展してきた面もあるのはたぶんたしか。
約22時間前 from TweetDeck

shinorev
つまり、誰でも自分が観たい芝居(舞台、ダンス、パフォーマンスとか)のことを考えて、突き進んでるってこと。少なくともド演劇フリークの私は、基礎(と言っていいのかわからないけど)のない俳優が大舞台でシェイクスピアをやってることに、困っています。
約22時間前 from web

chelfitsch
@sakuraikeisuke 今つぶやきながら分かってきたんですけど、結局僕は、ジャンルを超えて演技は普遍的なものだ、という考え方(が支配的なものであること)によって、一昨年から昨年にかけて、苦しめられたんだなー。
約22時間前 from web sakuraikeisuke宛

sakuraikeisuke
これはすごく納得できます。 @shinorev 基礎(と言っていいのかわからないけど)のない俳優が大舞台でシェイクスピアをやってることに、困っています。
約22時間前 from web

fchikara
でもすごく単純な話、ある教育がその生徒を枠にはめることもあれば、逆にその才能を開花させることもある。ぼく自身は大教室の授業よりも一子相伝的な伝承が好きだしたぶんそうやって育ってきたけど、それもまた教育の一種ではあった。
約22時間前 from TweetDeck

simokitazawa
日本の演劇の最大の特徴はその様式の多様性だと思います。西洋ではほんとんどリアリズム演劇一辺倒でこの範囲内では英国の演劇学校RAMADAが教えるような教科内容(演劇の基礎技術)はそれなりの意味もあるのだと思います。@chelfitsch @sakuraikeisuke
約22時間前 from web

chelfitsch
そして、その考えに対抗するため、僕は、僕自身の方法にも普遍的なものはある、と考えるようにしてきた。そう強いられたとも言える。まあ、僕の方法にも普遍的な要素はあるにはあるだろう。でもそう考えることが、実際的なレベルでは役に立つわけじゃない/なかった。
約22時間前 from web

chelfitsch
それをやらされる役者さんにしても、たとえ僕の手法に普遍的要素があると自ら納得したとしたって、それでできないものができるようになるわけでもない。
約22時間前 from web

chelfitsch
だから、やっぱり、チェルフィッチュにも演劇的な本質があるから、という理由で、俳優教育の中にチェルフィッチュを取り入れる必要は、ないのではないでしょうか?
約22時間前 from web

chelfitsch
大舞台でしっかりとシェイクスピアのせりふが発せられる役者を育成する、という固有の目標が定まっているほうが、絶対に実際的ですよ。
約22時間前 from web

nkmrakn
それなら「俳優教育」じゃなくても「演劇or舞台芸術教育」として岡田さんには伝えていって欲しい。 RT @chelfitsch だから、やっぱり、チェルフィッチュにも演劇的な本質があるから、という理由で、俳優教育の中にチェルフィッチュを取り入れる必要は、ないのではないでしょうか?
約21時間前 from Echofon

GKTJ
例えば青年団の俳優は、桐朋、桜美林、早稲田、その他諸々から集まってきて、皆青年団の演技術を身に着けてるが、その技術は例えば口語劇の基礎、ではなく、青年団の演技術、でしかないと思う。応用で出来ることもあるだろうけど、平田演出以外の現場では、完全に俳優個々の問題かと。
約21時間前 from web

GKTJ
平田オリザ作品以外は出演しない、という俳優も存在する。
約21時間前 from web

GKTJ
何でもやりたい、という俳優はあまり信用できない、経験則として。
約21時間前 from web

GKTJ
一連のやり取りを遅ればせながら読んで思ったこと。
約21時間前 from web

GKTJ
個々の演出家に対応する為にある程度有効な技術、というのはあるのかもしれないけども、それを基礎と言うんだろうか。俳優をアーティストと捉えるかどうかという事も頭をよぎる。捉えてるので、その育成となると、できるだけ情報と体験を与える事しか思いつかないなぁ。
約21時間前 from web

serikurosawa
演劇と教育あるいは俳優についていろいろ書きたいのですが、明日にしまする。みなさまの書き込み、とても勉強になります。ありがとうございます。おやすみなさい。
約21時間前 from HootSuite

GKTJ
水も肥料もいくらでもやるから勝手に育て。というのがアーティストが育つ一番の環境だと。はい、今更なつぶやき終了。
約21時間前 from web

GKTJ
音楽何聞くの?と聞いて、何でも聞きます、という答えは、何にも聞いてません、という事。という話を高校時代に友人としていたのを思い出した。
約21時間前 from web

thinkhand
「基礎」っていうのは、実は何にでも潜んでいるものであって、それさえあれば何にでも通用するっていうのとは同義ではない、すごい些細で実際的には無意識なことだったりするのだろうな。
約21時間前 from HootSuite

GKTJ
当時の結論としては、ボブ・ディランとか、と答えて様子を見る、だった、と思う。ヴァン・モリスンとか言っちゃダメだろ、女の子とかに、みたいな。
約21時間前 from web

thinkhand
一連の議論。同じ劇場のスタッフではあるが @serikurosawa とは何が「基礎」となり得るか?の認識は違うのだろうな。だから王子のMTGは議論が絶えないのだが、それは悪いことではない。 QT @serikurosawa: 演劇と教育あるいは俳優について
約21時間前 from HootSuite

GKTJ
韓国人俳優に、大学で何を学んで、それが今俺の演劇に出る際にどう作用してるのか聞いてみよう。大抵大学で演劇学んでるんだよなー韓国人俳優。
約21時間前 from web

GKTJ
大事なのは、岡田さんが、演劇を志す人達に自分の演劇をレクチャーする事が、自分の幸せと結びつくかどうかだと思います。QT @nkmrakn それなら「俳優教育」じゃなくても「演劇or舞台芸術教育」として岡田さんには伝えていって欲しい。 RT @chelfitsch だかやっぱり、…
約20時間前 from web

chelfitsch
そうですよね、まったくもって。さて僕は今度どういう気持ちになるのか? 自分でも分かりません。 @GKTJ 大事なのは、岡田さんが、演劇を志す人達に自分の演劇をレクチャーする事が、自分の幸せと結びつくかどうかだと思います。
約20時間前 from web

GKTJ
万が一埼玉の小学生に岡田演出を体験させたいと思ってしまった際は一声おかけ下さい(笑) @chelfitsch そうですよね、まったくもって。さて僕は今度どういう気持ちになるのか? 自分でも分かりません。
約20時間前 from web

sakuraikeisuke
この手の議論に際しては「普遍/固有」と「一般/特殊」をごっちゃにしないことが大事。自戒を込めて。一般(汎)的であったり特殊であったりというのは相対的であるに過ぎない。お休みなさい。
約19時間前 from web

sakuraikeisuke
まあ、個人的には、普遍も大事だし、固有(単独)性も大事、特殊もそれはそれで愛おしい。で、「一般」はあんまりいらないなー、と思っているのですね。ぶっちゃけ。ということで、寝ます。
約19時間前 from web

hinatsugurashi
【リスト名変更につき再掲】ハッシュタグ付けてつぶやいて欲しいぐらい興味深かった、昨夜の「俳優に関する」やりとり。なので、リスト作ってみました。@hinatsugurashi/actor-topic2...
about 15 hours前 from web

nomuramss
以下、僕なりに昨夜の演劇教育談義の感想とコメントを→
about 15 hours前 from HootSuite

nomuramss
学ぶ側のことをぬきに語れないなと思う。
about 14 hours前 from モバツイッター

nomuramss
よい教育であれ、間違った教育であれ、教わることは、自分をいまの水準から引き上げるチャンス。それにしたがうだけ合わせるだけの目的で受講するひとに対して教える側がなにしたって結局間違う。
about 14 hours前 from モバツイッター

nomuramss
教える側が、教わった人で、自分が教わったことにただしたがっている場合がある。
about 14 hours前 from モバツイッター

nomuramss
間違った教えを間違っていると自ら結論下すことの教育効果はすごくある。
about 14 hours前 from モバツイッター

nomuramss
よい教えをすればよい人材がうまれるとゆうのは、教える側の願望。奢りの場合もある。教える側にとっていちばん面白いのは、自分の考えが通用しないとわかることだったりする。
約14時間前 from モバツイッター

nomuramss
今はそうゆう場が少ないし、「可視的な成果」がもとめられて意義が生まれにくい。新国立でも高円寺でも大学でも急な坂でもアゴラ5階でもよいから教え教わる場は、あってほしい。
約14時間前 from モバツイッター

nomuramss
桜美林でいろいろきいたりやったりしたなかでおもったのは「手探り」の状態がいちばん勉強になるし、人材を育てるとゆうこと。
約14時間前 from モバツイッター

nomuramss
演劇専修草創期の手探り状態のほうが、教育効果はあったようだし教える側も自分の問題を教わる側と共有していた。対話ができたみたい。失敗や不合理はあれど。
約14時間前 from モバツイッター

nomuramss
だんだん整備されていくと、もともと自発性がある人以外は、したがってしまう。これは誰の責任でもない。
約14時間前 from モバツイッター

nomuramss
今回の講義は初めてで、教える側も、いっぱい悔しさを味わったし、教わる側も自分たちの非貢献的なスタンスに気付いていた。結果、すごくよい学びが生まれたと思う。
約14時間前 from モバツイッター

nomuramss
まとめると、教わる側の自発性はいつ何時も阻害されていないし、自発性に気付くには、教育のような場がきっかけになるってこと。そういう場がたくさんあればなあ、てこと。
約14時間前 from モバツイッター

nomuramss
とりあえず終わり。
約14時間前 from モバツイッター
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